ほんと、バカなんだから



 この不可思議な世界でも、一応昼夜は存在する。彼らとて休息は必要だ。その為夜にはテントを張り、用心として交代で見張りを立てて、休むようにしていた。
 これまで自分たちがいた世界のように、モンスターや獣、盗賊に襲われることはないが、それでもイミテーションと言う敵が存在する以上、夜に襲われないとも限らない。
 用心と明り取りのため、夜は火を焚き一人が見張りをする。三人で行動するようになってからは、そうして交代で休むようにしていたのだ。
 今も、こうして一人火を眺めていると、まるで何事もなく旅をしているようで不思議と平和な気分になってしまう。傍らで寝転がっている二人を見ながら、ジタンは一人口の端を歪めた。この二人と旅をするようになってから、彼はこの世界のあり方や己の存在に悲観することもなくここまで来た。
 他の面子はどうなのかは知らないが、少なくとも今自分たち三人はとてもいいバランスで成り立っているとジタンは思っていた。
 一番年上の癖に、いつも子供のように無邪気で好奇心の塊、思いついたらすぐにどこかへ行ってしまうバッツと、不機嫌そうな顔をして人を寄せ付けようとしないくせに、案外寂しがりで、不器用だけれど面倒見の良いスコール。そして、自分。
 一見まったく噛み合わなそうなこの三人だが、これが不思議と馬が合うのだ。こんなことを面と向かって言えば、おそらくスコールなどは見事なくらいに渋面を作るだろう。でも、やはりこの関係は馬が合うというのが正しいと思う。
 足りない部分を他の誰かが補ってくれる。他の誰かの足りない部分は自分やもう一人が補う。補ってもらうことに対しての不安感がないこと。相手に安心して任せられること。それは、旅をする上では重要なことだ。
 けれど、最近その関係に微妙な揺らぎが出てきていることに、ジタンは気が付いていた。
 それは、今も変に距離を取りながら寝ている二人が原因だった。
 お互いのことが気になっているくせに、自覚がないのか鈍いのか。相手が自分をどう思っているのか気が付かずに、自分だけが相手に好意を寄せていると思い込んでいるという状態なのだ。
(ガキの恋愛かよ…)
 ジタンに言わせれば、何故気が付かないのかと問いただしたくなるほどなのだが、当の本人たちが真剣に悩んでいるので、勝手に助言をしても受け入れてもらえるかどうか。一歩を踏み出す勇気がない本人たちには何を言っても無駄だろう。
 本格的に鈍いスコールならまだ解らないでもないが、案外他人の感情に敏いバッツまでがそうだというのだから、これはもう手に負えない。
 相手をじっと見つめては、視線が合うと慌てて反らす。二人してそんなことの繰り返し。そしてそんな二人の行動に一人やきもきするのは自分なのだ。
 ジタンは、焚き火を睨みつけて、がっくりと肩を落とした。
 今はまだ、それなりに気を使ってうまくは行っているが、戦いもまだまだ激しくなるだろうことが予想されるのにこんなことではこの先の旅に支障が出るかもしれない。せっかくのいい関係をわざわざ崩してまで
 そんなことを思いながら、ジタンは手元の小枝を火に放り込んだ。と、そのとき傍らでごそりと身を起こす気配がした。
「なんだよ。まだ交代には早いだろ」
 まだ眠そうに目をこすっているスコールに声をかける。スコールは一度頭を軽く振ると、ちらりと視線を動かし、バッツが寝息を立てていることを確かめるとゆっくりとジタンの隣へと移動してくる。
「そんなに気にしなくたって、バッツの奴早々起きないぜ」
「判っている」
 これまで一人旅をしてきたと言うのがうそだと思うほどに一度寝込んだバッツは中々目を覚まさない。
「無用心すぎるんだ」
 バッツを横目で見ながら少し拗ねた口調で言うスコールに、ジタンは「そうだなぁ」と軽く相槌を打つ。
 スコールが気づいているかはわからないが、ジタンは知っているのだ。バッツがここまで寝入ってしまうのは、傍に安心できる相手がいて気を張る必要のない状況だけだということを。
 この三人でいる時は言わずもがな。例えば全員で行動している時でも、夜番がジタンやスコールの時は、やっぱりこうして熟睡している。
(他のメンバーが気を許せないってわけじゃないんだろうけどさ)
 それでも他のメンバーと違うということは、逆に言えば自分が特別だといわれているようで悪い気はしない。だから、ジタンはこのとぼけたような寝顔を見るのが実は好きなのだ。目の前の仏頂面の男には内緒だが。
 焚き火を眺めながら口をつぐんだままのスコールに、ジタンが声をかける。
「なんだよ。聞いて欲しいことがあるなら言えよ」
 ジタンの言葉にスコールがびくりと肩を震わせる。
「なんで思ってることが判るんだって?スコール、顔に出すぎなんだよ」
 けらけらと笑うジタンをスコールが睨みつける。しかしその表情に迫力がないのはやはり、ジタンの言葉が正解だからだろう。
 ジタンがじっと待っていると、スコールがポツリと呟くように言葉を発した。
「…バッツは…俺の事をよくは思っていないんだろうか」
 スコールの言葉に、周辺の空気が止まる。たっぷり数秒の後、ジタンはどう答えていいのか判らず芽を瞬かせた。
「は?」
 ジタンの返事にスコールが落ち込んだように肩を落とした。
「いや。えっと…なんでそう思うんだ?」
 余りのスコールの落ち込みように、流石に哀れになったジタンが声をかける。
「…それは…」
 地面を眺めたままのスコールが溜息を吐き出すように言葉を吐き出す。口下手な少年のその姿に、ジタンは兄のような気分になり、無言で彼の言葉を待った。
「バッツは…俺と目が合うと目を逸らす。話しかけようとすると、するりとどこかへ行ってしまうし…」
「ああ〜」
 ジタンはその様子を思い浮かべて納得する。
 確かにバッツはスコールに見られると視線を逸らすが、それは大抵の場合その直前に彼がスコールの背中を熱っぽく凝視している場合だったし、スコールが話しかけようとすると逃げるというが、それはスコールが声をかけるタイミングが壊滅的に悪いからだ。
 そのお互いの間の悪さを、スコールは嫌われていると勘違いしたのだろう。
「別に、そんなことないと思うぜ」
 ジタンはそう言うが、スコールはそれを信じられないというように首を横に振った。
「本当だって。バッツはお前のこと気にしてるって」
「それは…俺が迷惑だからだろう」
「ちげーよ」
 どう説明したらいいのか判らず、ジタンは髪を掻き毟った。他人の気持ちを自分が告げてしまってはいけないだろうと、言葉を捜そうとするが、それが余計に彼の首を絞めていた。
「とにかく!大丈夫だよ。お前が思ってるような理由じゃねえよ」
 ジタンが無理やりにそう結論付ける。スコールは不審そうにジタンを眺めていたが、やがて小さく頷いた。
 しかしその頷きが理解したためのものでない事は一目瞭然だった。
 結局その後も、話をしたがその話題には触れず当たり障りのないものに落ち着いていた。
 それほどしないうちに、実際の交代の時間が来て、ジタンは釈然としない気持ちのまま毛布に包まる。その体が温まり、眠気に襲われる。
 ああ。今日も長い一日だった。特にあの最後の会話。これは早めにどうにかしないといけない。そんなことを思っていたジタンは、無意識のうちに呟いていた。
「ほんと、バカなんだからなぁ」
 じれったい二人の恋模様に、一人やきもきする部外者の自分の姿に、ジタンは深く溜息をついたのだった。