一緒に…


ここは、カフェワイルドローズ。駅近くの雑居ビルの一階に場所を置いている、レトロな風情を残した喫茶店だった。茶葉と豆の種類の多さ。手作りの料理などの味の良さが評判となり、賑わっている店だった。
 このワイルドローズで、バッツは住み込みのバイトをしていた。行き倒れていたところ、ちょうどバイト募集のポスターを張っていたこの店の店主フリオニールに拾われたのだ。
 それ以来、この店の料理の種類とコーヒーの種類を増やしつつ、常連の客との交流を深めていた。
「なあ。頼みがあるんだけどさ」
 店じまいの看板を出し、テーブルに磨きをかけていたバッツが突然口を開いた。その正面でやはり同じようにテーブルを拭いていたスコールは一瞬バッツが誰に呼びかけているのか分からずにその言葉をスルーしていた。
「なあ。スコール。頼みがあるんだけどさ」
 再度声をかけられ、スコールは顔を上げた。と、いつの間に近づいてきたのか、バッツの顔が目の前にあった。
 スコールは、このワイルドローズの常連客だった。以前は気の向いたときにふらりと足を運ぶ程度だった。が、ある日この喫茶店でバッツと出会い、それから何故か毎日のようにここを訪れるようになっていた。人懐っこいバッツがスコールを気に入ったこともあるだろうが、恐らくこの何事にも頓着しない明るい性格の青年にスコール自身がどこか惹かれた製もあるだろう。
 常連客となったかれは、いつの間にかバッツの手伝いをさせられるようになり、そしてバイトのように店を閉める手伝いをするまでになっていた。
 今も店じまいをしているバッツを手伝っていたスコールに、バッツが珍しく真面目な表情で声をかけてきたのだ。
「なんだ」
「あのさ。お前の家に居候させてくれないか?」
「…はぁ?」
 その言葉の突飛さに、スコールは何の気遣いもなく声を上げた。
「いや。おれさ、住むとこなくなっちゃってさ」
 続いて告げられた台詞に、スコールは呆然とバッツの灰空色の瞳を見下ろす。
 確か、バッツはこの喫茶店の二階に部屋を借りていたのではなかったか…?
「二階使う用事ができたらしいんだよ。おれ、家ないし行かれる友達のとこもないしさ。家見つかるまででいいから、お前の家に置いてくれないか」
 バッツが両手を合わせて拝むようにスコールを見上げた。言葉に詰まったスコールだったが、実際考えて見れば彼の今住んでいるマンションは、ファミリータイプのもので部屋数もLDK以外に3部屋あり、余っていることに違いはない。ただ空き部屋にしているのも勿体無いことではあった。
「頼むよ。な?オネガーイ。スコール様〜」
 目の前で両手を合わせたまま見上げてくるバッツに、スコールは仕方なく頷いた。
「ただし、部屋が見つかるまでだぞ」
「わーかってるって。サンキュな。スコール」
 笑顔で掃除道具を片付け始めるバッツ。彼は今にも踊りだしそうな勢いでくるくると道具を片付けていく。スコールも自分の使っていた布巾を片付けると、自分の荷物を纏め始める。
 バッツは、「ちょっ待ってて」と、声をかけると軽やかに階段を駆け上がっていく。その後姿にスコールは大きく溜息をついた。
 暫くその場で待っていると、バッツが旅行用のキャスター付きトランクを手に戻ってきた。
「悪ぃな。今日からよろしくな!」
「……は?」
 間の抜けた声を上げたスコールが、眉を寄せてバッツを見る。
「今日から?」
「今日から。あ。後の荷物は明日にでも取りに来るけどさ」
 あっけらかんと笑うバッツに、スコールはがっくりと肩を落とした。
「今日からよろしくな!スコール」
 その余りにも嬉しそうなきらきらしたバッツの笑顔に、文句を言おうと思ったスコールは言葉を飲み込んだのだった。