サーカスが来た



 その日は朝から見事なまでの快晴だった。空は絵の具を溶かしたように綺麗に澄み渡り、雲は時折その純白の姿を見せるだけ。空に一転の曇りもなく晴れたその空の下、小さな子供たちが歓声を上げて広場を走り回っていた。
「ねぇ。おかあさん。まだ〜?」
 幼い子供が母親の裾を引いて辺りを見回す。しかしその周囲は常と変わらぬ賑やかさを見せていた。
「そうねぇ。もうすぐだと思うわ」
 人の動きを見ながら答える母親の言葉に真実味はない。子供は不服そうに口を尖らせるがそれ以上文句を言う筋合いもないと思ったのだろう。物珍しそうに広場の中心に立てられた巨大なテントに目をやる。見たことも無いほどに大きなそれは色とりどりの色を纏っては楽しげにゆれている。
「はやくはじまらないかなぁ」
 子供はうっとりとした表情でテントを見上げる。
 やがてテントの奥から軽快な音楽が鳴り始めた。それは耳にしているだけで心を躍らせるような楽しげなものだった。
「さあ、コスモスサーカスの開演だよ!世にも不思議なサーカスだ。大人も子供もぜひぜひ寄っていらっしゃい!」
 明るくよく響く声が響き渡る。その声に導かれるように子供が目をやると、テントの入り口でピエロの格好をした少年が大きな玉に乗って声を上げていた。器用にバランスを取るその少年には金色の猫のような尻尾が生えていた。
「しっぽがある…」
 その不思議な光景に子供は目をしばたたかせる。
「おう。不思議かい?」
 子供の目の前にいつの間にかその尻尾のある少年が立っていた。
「うん…」
 少しだけ怯えつつも子供は少年に向かって頷いてみせる。と、少年は人好きのする笑顔を浮かべて楽しそうに笑った。
「こんな不思議がまかり通る。それがコスモスサーカスさ」
 そう言って少年は小屋の入り口を指差す。
「さぁさぁ。中へどうぞ!摩訶不思議な時間の始まりだよ!」
 明るい声を上げて榛色の短い髪に不可思議な灰空色の瞳をした人がその少年の背後から、子供を覗き込んだ。
「空中ブランコに猛獣の曲芸、見たことも無い乗り物によるアクロバット。お楽しみだぜ〜」
 その人物自身がそれを楽しみにしているかのような説明に、子供の目が期待にゆれる。
 子供は急かすように母親のスカートを引っ張った。
「はやくいこう」
「はいはい」
「おにーちゃんたち、バイバイ」
 子供は母親のスカートにしがみついたまま、二人に手を振ってテントの中へ入っていった。
 そんな親子の背中を眺めながら、二人はニコニコと表情を緩めながら笑いあう。
「よっしゃ。今日も頑張りますか!」
「おう。あんだけ期待されてるんだ。お応えしないとな!」
 二人は笑いながらテントの裏へと歩いていく。衣装を変え、準備を整えなくてはいけない。彼らはこのサーカスの団員であり、花形でもあるのだから。
「今日も頑張るぞ〜」
 二人はばたばたと騒ぎながら、二人は自分たちの居住であるテントへと向かった。