着物姿に…



 喫茶店『ワイルドローズ』は、今日も人で賑わっていた。
 しかし今年の冬は、いつもとは少し違っていた。その理由は常であればウエイトレスは洋装であるのが、今年は揃って和装であることだろう。男性は動きやすさを重視した洋装のままであったが、女性は揃って着物にフリルのエプロンを着用しているのだ。
 店の看板には、期間限定和風フェアと書かれており、メニューには汁粉や黄粉餅、磯辺といった品々が増やされていた。
 店主フリオニールがこれらの期間限定のフェア始めたのには理由があった。和物のデザートが食べたいというティーダとバッツの強い要望があったためだった。二人の後押しもあり、フリオニールは期間限定という条件で、OKを出したのだった。
 そうしてひと月限定ということで始めたフェアは好評のうちに最終日を迎えていた。
「え?ティナが休み?」
 最終日の当日、出勤したバッツは先に用意をしていたティーダの言葉に素っ頓狂な声をあげた。
「休みって…。しかもよりによってティナが…」
 普段と変わらない制服を着用しているティーダを見ながら、バッツが苦虫を噛み潰したような顔をした。今日はティナがラストまでシフトに入ることになっており、他の女性陣も後一人入る予定はあったがその彼女が来るまではまだ数時間はある。しかし、最終日に目玉でもある和風ウェイトレスがいないと言うのはあまりにも寂しすぎる。
「…ティーダ…」
「絶対嫌ッス。第一無理。オレ、あんなの着て接客なんてできないッスから」
 しれっと言ってのけるティーダに、バッツは言葉を飲み込んだ。確かにティーダでは着物を着ての配膳は不可能だろう。しかし、せっかくのフェア最終日に和風ウエイトレスの姿が少ないというのは寂しい。特にティナは、その雰囲気と相まって男性客からの人気も高かっただけに、客からの落胆の声が今から目に見える。
「どうすっかな…」
 むむっと、眉を寄せたバッツに、ティーダがいいことを思いついたと言うように手を打った。
「バッツが着たらいいッスよ」
「はぁ?」
 ティーダの言葉に、さすがのバッツも声を上げる。
「だってさ。他に誰もいないッスよ。着物着て給仕できるの」
 ティーダの言葉にバッツは周囲を見回す。が、見事にティーダと自分の二人しかいない。通常ここまで少ないことは無いのだが、今日は都合の悪い人間が多く三人で切り盛りする予定だったのだ。
「よし。決まり!今日はバッツが着物ッス」
 ティーダはこれ以上話をしていては、うっかり自分に回ってきかねないと思ったのだろう。ティーダはさっさと身支度を終えると、早々に店へと出てしまった。一人残されたバッツは何度もドアと手元の着物を見比べ、やがて諦めたように溜息をつくと手慣れた様子でその着物を身に纏い始めた。



「いらっしゃいませ」
 ドアを開けたスコールを出迎えたのは、見慣れない女性だった。彼女は臙脂色の小袖に真っ白のフリルのついた洋風のエプロンを身に纏っている。髪は花をかたどった飾りで後ろ髪をまとめていた。女性にしては低めの耳障りのよい声でスコールを案内する。彼女は他のテーブルが空いているにも関わらず、スコールの定位置である店の最奥のテーブルへと彼を導く。椅子に腰掛けたスコールの目の前に、慣れた様子でメニューを差し出すその手に、スコールは突如気がついた。
「…何故そんな格好をしているんだ。バッツ」
 メニューを差し出したその腕がびくっと震えた。
「…何で気がついたんだ」
 それまでのハスキーではあるが女性らしい声が一転し、常日頃の明るいバッツのそれへと戻っていた。
「手かな」
 スコールは、メニューを覗きながら素直に返事をする。雰囲気や姿などをあげてしまえば、この席に着くまでに気がつくべきだと言われそうだったから。実際声に聞き覚えはあったが、わざと変えられた声音には気がつけなかった。それだけバッツがうまく化けていたともいえるが、それにしても全く気がつかないとは、恋人としての名が泣く。仕方なく素直に返事をするしかなかったのだが、それでもバッツが嬉しそうに相好を崩した。
「そっか」
 クスクスと嬉しそうに笑うバッツ。彼はそのままスコールのメニューを聞くことなく、厨房へ戻っていった。一瞬、せっかく期間限定なら一度くらい試してみればよかったかと思っていたスコールは、仕方ないかと肩をすくめた。彼は、定位置に腰掛けると常のように本を取り出した。既に大学の内定はとれてはいるが、他にたいした趣味もないスコールにとって、読書は外でできる珍しいそれだった。しばらく活字を追うのに集中していると、コーヒーのよい香りが漂ってきた。
「お待たせ」
 声をかけられ、顔を上げたスコールの前に、盆を手にしたバッツが立っていた。化粧までし、髪を整えたその姿は、見事に女性の姿を写しており、本来の面影を探そうとすれば目をこらさねばならない。
 その変化の見事さに関心しているスコールの目の前に、バッツは皿を並べていく。いつもと半分の量のクラブハウスサンド。隣に並べられた大きめの椀に盛られたそれはあっさりいた雑煮らしい。ミスマッチともとれるそのセットに、スコールは苦笑した。
「特別サービス」
 あっけらかんと言うバッツ。表情はいつもと変わらないが、やはり着物を身に纏っているせいだろうか。動きが制限されているために所作がおとなしい。濃い臙脂色の襟足から覗くうなじは、ほっそりとし不思議な色気を漂わせている。
「着物を着ると雰囲気が変わるというのは本当だな」
 思わず呟くスコールに、バッツはにやりと笑う。
「何?その気になっちゃった?」
「何を…」
「今日、コレ借りて帰ろうかな〜」
 いたずらっぽく言うバッツの腕を引き、スコールはその耳元に囁いた。
「今晩は楽しみにしている」
「〜〜〜!!」
 珍しく真っ赤になったバッツの表情に、スコールは意地の悪い笑みを浮かべたのだった。


11月のイベントにて、懐中汁粉と共にネタ投下していただきました。
今更って言われそうですが…。折角なので…。お持ち帰りはご当人様のみにてよろしくお願いいたします。