Merry-go-round Happiness サンプル1




「今日から、教育実習生が来るらしいぜ」
 朝の教室で浮き足だった生徒達が話に花を咲かせていた。一人机に腰掛けていたスコールの元へもそんな噂話が届く。
「マジ?どうせ来るなら女が良いよな」
「それは言えてる。美人ならなお良いけどさ」
 そんな級友達の声をよそに、スコールは一人本を開く。ホームルームが始まるまでの時間を無駄にはしたくない。僅かな知識だとて力になるような時代だ。たとえどんなことであろうとも吸収できるものは一つでも多く身につけたい。それがスコールの考えだった。
「席に着けー。ホームルーム、始めるぞ!」
 ドアを開ける音と野太い男性教諭の声が立て続けに響いた。ばたばたと慌てたように生徒達が席へと戻っていく。いつもと同じ教室の風景だったが、いつもと違うこと一つだけあった。ズカズカと教壇に向かって歩く教諭の傍らに、見慣れない若い青年が一人付き従っていたのだ。
「ホームルームを始めるぞ!」
 教壇の上から生徒を見下ろした教師は、咳払いを一つすると隣の青年を手招いた。
「朝から噂になっているようだが、今日から教育実習期間が始まる。うちのクラスも実習生の受け入れをすることになった。まあ、副担任みたいなもんだと思って、皆仲良くするように」
 そう言うと、担任教諭は隣に立つ青年に自己紹介を促した。彼はそれに軽く頷くと、一歩前に出て軽く頭を下げた。
「初めまして。教育実習に来ましたバッツ・クラウザーです。担当教科は音楽なので、全員と一緒に授業することはできないかもしれませんが、期間中の二週間、先生の補佐として入りますので仲良くしてやってください」
 緊張した様子も無く笑顔でそう言った青年に、教室から歓迎の拍手があがる。多少やる気が無いのは、女性の実習生を期待していた男子生徒の力が抜けているせいだろう。しかし、目の前で明るく笑っているバッツには好感を持てた。それほど自分に関係のある相手だとも思えず、スコールはその顔と名前を簡単に記憶するだけに留めた。
 この相手が自分に信じられないほどの影響を与えることになるとは、この時は思いもしなかった。


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